株式会社スノーボール

ソフトランディング

米連邦準備制度理事会(FRB)は、18日の米連邦公開市場委員会(FOMC)において政策金利FF金利を0.5%利下げし、4.75%~5.0%とした。事前予想では0.25%の利下げが優勢であったが、パウエル議長は0.5%の大幅利下げに踏み切り『後手に回らない決意の表れ』と強調した。利下げは4年半ぶりで、ユーロ圏や英国、カナダに続くものである。

昨年2023年と一昨年2022年にボストンを訪問した際に、インフレと円安ドル高をリアルに体感したが、7月の米個人消費支出(PCE)物価指数の上昇率が2.5%に低下するなど、粘着性の高いインフレがようやく落ち着いてきたことも今回の大幅利下げを可能としたのだろう。ここまでのところマーケットは、今回の利下げを好感しているようである。

そもそもFRBの使命は、『物価の安定』と『雇用の最大化』であるが、FRBは近年の高インフレを抑えるために果敢に利上げし、景気よりも物価の安定を最優先してきた。8月の雇用統計で4.2%に上昇した失業率をパウエル議長は『問題視しない』と発言したが、これはインフレ抑制のめどが立ったことで今後、雇用への配慮をしていくというメッセージだろう。FRBの金融政策は大きな転換点を迎え、今後、景気を壊さないように経済のソフトランディングを目指していく方向である。依然として大統領選挙をはじめとして米経済やマーケットに不確実性は残るものの、今回の利下げをきっかけにソフトランディングというメインシナリオの可能性が高まったと考えている。

さて日本の金融政策を担う日銀は20日の金融政策決定会合で政策金利を現状維持の0.25%に据え置いた。事前予想通りではあるが、植田総裁には8月5日の日本株の大暴落の記憶が強烈に残っていることだろう。記者会見で今後の利上げの判断について『時間的な余裕はある』と述べ、追加利上げの判断に時間をかける姿勢を見せたのだ。利上げの方向は間違いないが、拙速な利上げはしないというメッセージであった。

7月末にFRBは、政策金利を据え置き、日銀は利上げした。今回9月は、FRBが政策金利を下げて、日銀は据え置いた。最近の日米の金融政策は、正反対であるが、金利の高いアメリカは将来の不確実性に対する政策余地が大きいが、日銀は金利の下げ幅がほとんどないため政策余地はかなり限定的である。今回もアメリカが予防的措置として積極果敢に0.5%の利下げに踏み切った一方で日本は、様子見する(利上げできない)結果となった。もちろん中央銀行の金融政策は独立性が保たれていなければならないし、実際に独立的な立場で政策を行っている。トランプだけではなく日本でも経済を全く分かっていない政治家が口出ししたりするのだが、彼らのいうことなど無視してほしい。それでも中央銀行総裁も人間であり、我々と同じように当然間違いを起こすこともあるのだ。ただ意思決定や判断を間違ったとしても、すぐに失策とは分からないところが、金融政策の難しいところである。この点では政治家の政治判断や政策と同様であり、後年になって冷静な評価分析が必要ということである。黒田バズーガやアベノミクスのように。

客観的に見ると、追加利上げで金融政策の正常化を進めたい日銀であるが、今回の金利据え置きの決定プロセスにおいて、先月の大暴落がある種のトラウマとなった感は否めない。7月末の日銀の利上げ後の植田総裁のコメントはタカ派的と解釈され、想定以上の急速な円高が進んだ。日銀にとって円高も株安もサプライズであったことは間違いないが行き過ぎた円安を予期せず修正できたことは結果オーライといっていいだろう。植田総裁の追加利上げに対して『時間的な余裕が生まれた』というのは、想定以上の円高修正が進んだことを意味しているのかもしれない。もちろん日銀はあくまでも為替に対して直接的にコミットする立場ではないのだが、日銀がハト派的な姿勢を見せることは、現時点ではマーケットや為替の安定に寄与しているようである。

おそらくマーケットや経済の空気を読めないと中央銀行総裁は務まらない。しかも空気を読んでいることは、決してばれてはいけない。あくまでも経済指標や各種データから合理的かつ科学的に政策判断する必要があるのだ。中央銀行総裁には、世界の超一流の投資家のような金融や経済に対する深い洞察力が求められる。頭がいいだけではダメで残念ながら現時点では空気を読むことのないAIには中央銀行総裁は務まらない。もちろん空気を読むAIを総裁にすることは事実上不可能であるため、この仕事はやはり人間のほうがAIよりも良いだろう。

植田総裁は、世界経済の動向、とりわけ米国経済の状況を見つつ、マーケットの空気を読みながら利上げのタイミングを探っていくことになりそうである。近年、経済の司令塔である各国中央銀行の金融政策にこれまで以上に注目が集まっている。グローバリゼーションの終焉による世界経済の成熟化やマグニフィセント7など世界経済をけん引してきたハイテク企業にも少し陰りが見えてきたことも中央銀行の動向に注目が集まる要因になっている。そもそも経済の主役は企業やそこで働く人々であるべきでであるが景気が悪くなると政府や中央銀行の存在がより目立ってしまう。政府や中央銀行は、本来、裏方として企業や国民をサポートすることが望ましい。

今のように政府や中央銀行に過度に注目が集まること自体が世界経済が良い状態ではない証拠である。しかしFRBの思い切った利下げは、ソフトランディングへの強いメッセージとなったし、タイミング的にも効果的であった。引き続き、各国中銀の金融政策を注視していきたい。

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