先行きが不透明な時代において個人として、どのように意思決定し、行動するべきか?は大きなテーマであるが、私は名著からヒントをもらうことがたくさんあると考えている。仕事柄、金融や経済に関する多くの書籍に目を通しているが、その中でも思わず何度も読み返してしまう書籍がナシーム・ニコラス・タレブ著の『反脆弱性』である。個人的にはこれまでの人生で最も衝撃を受けた一冊である。
タレブは、レバノン系アメリカ人で作家、トレーダー、大学教授という3つの顔を持っている。まさに天才とは彼の事だと思える人物である。タレブは、レバノンのギリシア正教の一家に生まれ、ウォートンスクールでMBA、パリ大学で博士号を取得。ニューヨーク大学でリスク工学の教授を務めている。著書には『ブラックスワン』『まぐれ』があり、いずれも世界でベストセラーとなっており、彼の書籍は全て面白いのだがその中でも『反脆弱性』の面白さは圧倒的である。
タレブが提唱した『反脆弱性』という概念について書籍の冒頭のプロローグで説明されているため以下に原文の一部を抜粋する。
Ⅱ.半脆さ(反脆弱性)
衝撃を利益に変えるものがある。そういうものは、変動性、ランダム性、無秩序、ストレスにさらされると成長・繫栄する。そして冒険、リスク、不確実性を愛する。こういう現象はちまたにあふれているというのに、『脆い(もろい)』のちょうど逆に当たる単語はない。本書ではそれを『反脆い』または『反脆弱性』(antifragile)と形容しよう。反脆さは耐久力や頑健さを超越する。
耐久力のあるものは、衝撃に耐え、現状をキープする。だが、反脆いものは衝撃を糧にする。この性質は、進化、文化、思想、革命、政治体制、技術的なイノベーション、文化的・経済的な繁栄、企業の生存、美味しいレシピ(コニャックを一滴だけ垂らしたチキン・スープやタルタル・ステーキなど)、都市の隆盛、社会、法体系、赤道の熱帯雨林、菌耐性などなど、時とともに変化し続けてきたどんなものにも当てはまる。地球上の種のひとつとしての人間の存在さえも同じだ。そして人間の身体のような生きているもの、有機的なもの、複合的なものと、机の上のホッチキスのような無機的なものとの違いは、反脆さがあるかどうかなのだ。
反脆いものはランダム性や不確実性を好む。つまりこの点が重要なのだが、反脆いものはある種の間違いさえも歓迎するのだ。反脆さには独特の性質がある。反脆さがあれば、私たちは未知に対処し、物事を理解しなくても行動することができる。しかも適切に。いや、もっと言おう。反脆さがあれば、人は考えるより行動するほうがずっと得意になる。ずば抜けて頭はよいけれど脆い人間と、バカだけれど反脆い人間、どちらになりたいかと訊かれたら、私はいつだって後者を選ぶ。
わずかのテキストからもタレブ節が読み取れるが、私は世界経済やマーケット、企業、投資信託などを分析するときにタレブのいう『反脆い』という概念を意識してみている。投資家を見るときもこの人は、脆いか反脆いかという視点で見ることがあるが、世の中のシステムや企業だけではなく個人においてもこの概念は役に立つ。
例えば大谷は、肘の故障で二刀流を封印されても想定外の通訳が引き起こした大事件という衝撃にもかかわらず、むしろそれを糧としてMVP級の大活躍をしている。まさに大谷は『反脆い』代表的な人物であるといえるだろう。一方でリーマンショック時の世界の金融システムは、驚くほどに脆弱であった。リーマンブラザーズの破綻は瞬時に頑健と思われた金融システムを崩壊に追いやった。その後、世界は二度とリーマンショックのような大惨事を起こさないように金融機関の自己資本比率規制を行うなど金融システムの強化に努めている。
さて脆いか?反脆いか?は、注意してみないと分からない。スキャンダルで消える芸能人は脆いが、スキャンダルを糧にさらに活躍する芸能人は反脆いということだろう。書籍の中でも脆いものと反脆いもののさまざまな例が書かれているが、なかなか興味深い。
- 脆いもの 官僚、 友情、規則
- 反脆いもの 起業家、愛情、美徳
さて地震や台風など災害が多い日本は、数々の苦難の歴史を乗り越えてきたが国家としても反脆い国家を目指す必要があると思う。もちろん個人としても反脆い人間を目指したいし、また反脆い若い人を育てて反脆い組織を作っていきたいと考えている。反脆い人を育てるためには、挑戦をさせることが不可欠である。少子高齢化で労働力人口が減少する日本においては、挑戦する人(リスクテイカー)の絶対数が減っていると感じる。みんなが評論家のようになって挑戦しないため、失敗もしないかわりに成功もしないため、長期的には停滞することになる。
挑戦して失敗を乗り越えることで、個人も企業も成長するのだろう。失敗を恐れて挑戦しない人や組織は、脆い。変化の激しい時代において現状維持は、停滞である。先行きが不透明な時代だからこそ、個人も企業も反脆さを身につけることは、大きな武器となる。
『反脆弱性』を読み返すたびに、安全に安全に守るのではなく、むしろ初心に戻って、もっともっと挑戦しなければと考えさせられる。まさに私にとってバイブルであり、多くの人に読んでいただきたい一冊である。