2024年5月もあとわずか。さて世界経済の現状について考えるとき、やはり世界一の経済大国アメリカの現状が気になるところ。昨年5月に私はボストンを訪れた。その際にボストンレッドソックスの本拠地フェンウェイパークやボストン市内のシーフードレストランやイタリアンレストラン、ステーキハウスで食事し、粘着性の高いインフレを体感した。アメリカの経済指標等から昨年と比較してインフレ率は鈍化傾向にあり、インフレのピークは過ぎたとみられているが、想定以上に物価は高止まりしており、当初FRBが想定していた年内3回の利下げは、不透明な様相である。毎月出てくる経済指標にマーケットは一喜一憂しており、インフレと米国長期金利をにらみながら、ボラティリティの高い展開が続いている。
今日の粘着性の高いインフレの原因は、さまざまである。米中摩擦によるサプライチェーンの再構築、ロシア・ウクライナ戦争、コロナ禍における供給不足、人手不足による賃金上昇などである。しかし個人的には一番の要因は、コロナ禍における各国の積極的な財政出動と各国中央銀行の大規模な金融緩和によって世界中にマネーがあふれていることが大きな要因と考えている。アメリカ政府と中央銀行であるFRBは、2008年の金融危機が瞬く間に実体経済を悪化させた経験から、コロナ危機からリーマンショックのような金融危機を起こしてはならないという強い信念のもと、大規模な財政出動と金融緩和を行った。過去の苦い経験から大胆な行動が必要であったし、方向性は間違っていなかったものの結果的にはアクセルを踏みすぎたのかもしれない。コロナ収束後、とりわけアメリカ経済は自立的かつ力強い回復をしており、FRBによる急激な金融引き締めにもかかわらずGDPの70%を占める個人消費は堅調であり、インフレも高止まりしている状況である。
昨年3月にはアメリカの中堅銀行シリコンバレーバンク(SVB)とシグニチャーバンクが相次いで経営破綻した。この2行が破綻した理由は、FRBの急激な利上げによって、保有していた米国債やMBS(モーゲージ証券)が大きく値下がりしたことが原因である。確かに2行の資産管理に問題があったことは間違いないが、顧客の預金でギャンブルをしていたわけではなく格付けの高い米国債で運用すれば安全と考えていたところに盲点があった。2022年から2023年にかけてわずか1年で米国の政策金利は5%上昇した。こんな急激な利上げは歴史上あまりないだろう。FRBパウエル議長は、当初アメリカにおけるインフレは一時的なものと考えており、明らかに過小評価していた。パウエル議長の予想に反してインフレがさらに加速すると歴史上類を見ない急激な金融引き締めを行った。景気よりもインフレ抑制を最優先に大胆かつスピーディーに金融引き締めに舵を切ったのだ。
2022年の米国マーケットにおける株式と債券のダブルの暴落は、2008年リーマンショック以来の特異なマーケットであった。しかしながら、日本ではあまりそのような認識がないようだ。その理由は、日本人投資家にとっては円安ドル高が資産価格の下落幅を緩和するクッションとなったためである。ドル建てのマーケットは、とんでもない事態になっていたのだ。そのことを裏付けるニュースに私もあらためて驚いた。
5月22日、農林中央金庫は、2025年3月期の最終利益が5000億円超の赤字見込みを発表した。なんと16年ぶり、つまりリーマンショック以来の赤字に転落する見込みである。マスコミ報道によると農林中金は米国債など海外債券に偏った運用を行っており、2022年3月末時点の債券の含み損3343億円は、2024年3月末には2兆1923億円に膨らんだ。わずか2年で損失が6.6倍に拡大したのだ。
金利の低い日本円で運用するよりも金利の高い米国債など海外債券で運用するほうが安全と考えたのだろう。しかし、安全資産と言われる米国債のみに投資をするのは非常に危ないことは言うまでもない。当社のお客さまであればみんな理解していることである。農林中金の運用は米国債など外債に偏重しており、殆ど株式に投資をしていなかったようである。内容は異なるものの結果的には米国債に集中的に資金を預けて破綻したシリコンバレーバンクやシグニチャーバンクと同じ構図である。
『卵を一つのかごに盛るな』あらためて資産運用においては分散が重要である。株式と債券はもちろん、債券も国債だけではなく投資適格債やハイイールド債、エマージング債など。債券の期間も分散するべきである。円とドルとユーロ、新興国通貨などへの通貨分散も必要である。分散するといってもいろいろな商品を買えばいいということではなく、適切に分散することが重要である。
個人投資家は、農林中金や米国の銀行の失敗例から学ぶべきである。株式や債券投資においてもリスクを理解しないまま個別銘柄に興味本位で投資する人は多いのだが、長期で勝てる見込みは殆どないだろう。